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朝木直子氏・矢野ほづみ氏への反批判――「緻密な議論」をしてあげよう

薄井氏応援サイトができました。
http://www.ganbareusui.com/
応援メッセージがたくさん。
まだまだ募集中ですので、ぜひ署名をお願いします。


さて、当ブログ6月21日のエントリについて、『東村山新聞』において朝木氏・矢野氏から「緻密な議論」をせよ、とクレームが入った(以下、「批判」と表記。なぜか両氏はちょこまか文章を変えるのでキャッシュを取ってある。6月23日昼版キャッシュはこちら。6月23日夕方版キャッシュはこちら。そして、現在版はこちら。ちなみに、朝木氏がしばしば発言を翻す人物であるらしいことがわかるサイトはこちらの「コロコロ変わる直子氏の主張」参照)。

理論性を欠いた文章を書き散らかす人たち相手に「緻密な議論」をしてみたところで、おそらく理解できないと思うのだが、今後の運動の理論的基盤を鍛える一助となることを期して、前回エントリにおいて、「呼びかけ文」に澁谷がオリジナルに付加した文章の内容を補足しておく(【1】)。あわせて、「批判」に答える形で新たな論点について澁谷の考えを述べておく(【2】~【4】)。


【1】朝木氏「申出書」提出は薄井氏の「職業選択の自由」権の侵害である

さて、澁谷は前回エントリで以下のように書いた。

「ある人が就いている職業を過去の経歴を理由にやめさせようとする行為は、人権侵害に当たるという点。今回の件は、薄井氏の職業選択の自由をはばむ人権侵害事件として捉えられなければなりません」(前回エントリ)

これについて、朝木・矢野両氏から以下のクレームがついた。

「「過去の経歴を理由に市議をやめさせようとした」とは、私どもの主張の具体的に何を指すのでしょうか」(批判)

この問いにたいする澁谷の答はこうだ。
朝木氏が、妥当性のない「申出書」の市長への提出をもって薄井氏に辞職を勧告する行為そのもの、である。「申出書」の内容と提出行為のコンビネーションをもって、朝木氏が「過去の経歴を理由に〔薄井〕市議をやめさせようとし」ていることである、と認識し、その旨書いた。

かような回答に至る理論的背景を説明する。
国が国民にたいして「職業選択の自由」(憲法22条)を制限していいのは、主として「公共の福祉」(憲法13条)に反する場合である。職業選択の自由がどこまで制限されてよいかは、「規制目的二分論」にもとづいて判断がなされる。

規制目的二分論の「規制」とは「消極目的の規制」と「積極目的の規制」の二つを含意する。
「消極目的の規制」とは、国民の生命や健康にたいする危険等を防止する目的で行われる規制のことである。国民の生命や健康を守る立場にある医師を医師免許取得者に限定する、といった場合が想定される。
「積極目的の規制」とは、社会的・経済的弱者を保護するためのものである。小規模な商店街の経済的利益を守るため、大型スーパーの出店を制限するといった場合が想定される。

公人が公人にたいして「職業選択の自由」を制限しようとする場合も、上記の規制目的二分論に依拠しながら検討がなされてよいと判断する。本件の場合、関連があるのは「消極目的の規制」である。薄井氏が「公共の福祉」(=「申出書」でいうところの「男女共同参画」がこれに相当する)を損害する言動をしていることを朝木氏が証明できれば、薄井氏の議員としての「職業選択の自由」権は制限されてよい。しかし、それができないままに辞職勧告をしているのだとすれば、朝木氏は不当に薄井氏の「職業選択の自由」権を制限したことになる。

では、朝木氏は、薄井氏の言動が「公共の福祉(=男女共同参画)」を損害していることを証明できているのであろうか? 

そのことを検討する前に、まずは朝木氏が何を問題化し、澁谷は朝木氏の問題化をいかなる観点から問題化したのかを確認しておく。

朝木氏が問題にしていること。それは、厳密にいうと、薄井氏の風俗紙記者としての個々の言動ではない。そうではなく、

「市議の任期が開始された5月1日以降、現在(5月25日現在)においてもなお、このアダルト・サイトは存在し、薄井政美は上記情報を公衆に表示し男女共同参画を阻害する行為を行っていること」(朝木氏「申出書」1項)

である。つまり、「申出書」で「男女共同参画を阻害」していると言われているのは、薄井氏の「過去」の記者時代の個々の言動ではなく、その言動を記録した動画が市議任用後の「現在」に至ってもサイト上に残存している事実だということになる(以下、この事実を「動画の残存」と呼ぶ)。

一方、澁谷が問題化したことは何か。澁谷は「過去の経歴」という言葉を前エントリで用いた。経歴というのは、一般的には「今まで経験してきた仕事・身分・地位・学業などの事柄。履歴」のことであるが、前エントリで澁谷が「経歴」という言葉によって含意していたことを厳密に定義すると「過去の風俗紙記者としての職務遂行過程の記録」ということになる。性風俗紙記者の職務とは、性風俗施設から広告費を受け取り、その代価として顧客に性風俗施設へできるだけ多く通ってもらうよう、販売促進をすることである。「人妻はカラダをほめろ」という発言はセックスワーカーをほめることによってより良いサービスを顧客が得ることを可能にさせる技術の教授であり、顧客の満足度を高めて、リピーターになってもらうための販売促進の一環である。「女体盛りは食い散らかしてよし!」は、客に性風俗施設の利用の仕方を伝達することで、トラブルなく遊んでもらうことを目的とし、結果的に継続的な利用を促進するものといえる。かような言動は、風俗紙記者としての「職務遂行過程」そのものである。

※ なお、澁谷のセックスワークについての考え方は「買春改革論」『クィア・ジャパン』2号参照。

この「過去の風俗紙記者としての職務遂行過程の記録」である「動画」の「残存」が、朝木氏には気に入らないわけである。そして、その「動画の残存」を根拠として、薄井氏に市議辞職勧告を行っている。
それにたいし、澁谷は、「経歴」を「過去の風俗紙記者としての職務遂行過程の記録」と同置した上で、朝木氏の「動画の残存」をもって辞職勧告をする行為が、「ある人〔=薄井氏〕が就いている職業を過去の経歴を理由にやめさせようと」していることである(前回エントリ)、と問題化をしたわけである。

再び前掲の問いに戻ろう。前掲の問いは、

朝木氏は、薄井氏の言動が「公共の福祉(=男女共同参画)」を損害していることを証明できているのであろうか?

というものであった。朝木氏が薄井氏の言動そのものよりは、言動を記録した「動画の残存」を問題にしていることが確認された今、

朝木氏は、薄井氏の言動を記録した「動画の残存」が「公共の福祉(=男女共同参画)」を損害していることを証明できているのであろうか?

という問いに変換したほうが適切である。さらに、動画上の薄井氏の言動が過去における風俗紙記者としての「職務遂行過程」であることをふまえ、

朝木氏は、薄井氏の過去の風俗紙記者としての「職務遂行過程」を記録した「動画の残存」が「公共の福祉(=男女共同参画)」を損害していることを証明できているのであろうか?

という問いとしてより厳密な形に変換されたほうがよい。

ところで、この問いを問う目的は、朝木氏が薄井氏の「職業選択の自由」権を侵害していないかどうかを確認するためであった。この件について証明ができれば(図に示した二項目をイコールで結ぶことができれば)、朝木氏は、薄井氏の「職業選択の自由」権侵害の責めを負うことはない。しかし、できていなければ、朝木氏は根拠薄弱なまま薄井氏に議員辞職勧告を行ったことになり、不当に薄井氏の「職業選択の自由」権の制限を行ったことになる。

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そうした観点で「申出書」を再度検討してみるに、

薄井氏の過去の風俗紙記者としての「職務遂行過程」を記録した「動画の残存」

「公共の福祉(=男女共同参画)」の損害
=「女性蔑視のセクシャル・ハラスメント」「女性たる私(又は私)に対する人権侵害」(申出書)

とイコールになる根拠らしい根拠は見当たらないのである。根拠らしきものといえば、「動画の残存」によって「受認限度を超えた精神的苦痛」(申出書)を強いられたという、朝木氏の精神状態の報告ぐらいしかない。

しかし、この場合の「精神的苦痛」は二項を結ぶ「根拠」たりえるのか? 過去の事例から考察するに、セクシュアル・ハラスメントや人権侵害において被害者が受ける「精神的苦痛」は、「強いられた」ものである。被害は、職場や学校、狭い村落、パブリック・スペース(ないしはそのような場から派生する人間関係)といった、被害者がその場(や関係)から逃れようにも逃れられないシチュエーションで生じる。したがって、セクシュアル・ハラスメントや人権侵害の被害を特徴づけるのは、被害者の現場からの「逃れられなさ」と、そのことによって惹起される精神的苦痛の「強いられ感」だと認識する。
だが、自分でわざわざインターネットのブラウザを開き、わざわざ検索エンジン等でサイトを探し出して、わざわざ動画を再生して受けたという「精神的苦痛」は「強いられた」ものなのだろうか? 朝木氏が監禁された状態で、パソコンのマウス持つ手を屈強な人物に掴まれながら動画を再生せざるをえなかったのなら、その場は「逃れられなかった」のだろうし、「精神的苦痛」も「強いられた」ものだと認められるが、そんな特殊な状況下に朝木氏があったとは「申出書」には書かれていない。どうせ、自分の部屋かなんかで「これで薄井を追い落とせる!」なんてワクワクしながら見てたのではないかと想像する。
そんな状況で「精神的苦痛」を云々されても、「あんたが見たくて見たんじゃないか」ってことになり、「薄井氏の過去の風俗紙記者としての「職務遂行過程」を記録した「動画の残存」」と「公共の福祉(=男女共同参画)」の損害をイコールで結ぶ根拠には、とてもではないが使えないのである。

ことほどかように、朝木氏「申出書」は図の二項目をイコールで結べていないし、これからも結べないだろう。「職業選択の自由」権制限を正当化する要件である「公共の福祉(=男女共同参画)」の損害を薄井氏が行ったことを証明できていないにもかかわらず、朝木氏は「申出書」を提出することで、薄井市議を辞職させようとしているわけだ。朝木氏は根拠薄弱なまま薄井氏に議員辞職勧告を行ったことになり、薄井氏の「職業選択の自由」権を不当に制限していることになる。前回エントリで澁谷が「今回の件は、薄井氏の職業選択の自由をはばむ人権侵害事件として捉えられなければなりません」と書いたのは以上の理由からである。

【2】 朝木氏は「職業差別」をしている

前回エントリの澁谷オリジナルの文章の補足は以上である。
以下では澁谷オリジナル文章では触れていなかった新たな論点について述べる。

朝木・矢野両氏による「批判」では、澁谷の文章が引用された上で澁谷が「職業差別論」をぶっていることになっているのだが(「中身は何もない「職業差別論」〔中略〕にすぎません」)、引用されている文章において、澁谷は、「職業選択」については触れているが、「職業差別」については何もいっていない。
人に「読解力」を云々する前に、朝木・矢野両氏には人の文章をよく読んで批判することをお願いしたい。かなえられない願いだとは思うが。

念のため整理しておくと、前回エントリの澁谷オリジナルの文章部分で持ちだした「職業選択の自由」概念における「職業」とは、【1】からわかるように、現職である市議のことである。
いっぽう、賛同人として名を連ねた「呼びかけ文」でいわれている「職業差別」という概念における「職業」とは、過去に薄井氏がしていた風俗紙記者のことである。前回エントリの澁谷オリジナルの文章ではこの「職業差別」については何も言及していなかったから、ここで私の理解を説明しておく。なぜ朝木氏は「職業差別」をしているといえるのだろうか。

ある一つの現象はAとも定義できるし、Bとも定義できる(CともDともEとも……と、無限に定義できるのだが、便宜上ここではAとBだけにしておこう)。たとえば、Aさんにとっては「公共事業」と定義される現象が、Bさんにとっては「税金の無駄づかい」として定義されうる。時代Aでは「しつけ」と定義された現象が、時代Bでは「幼児虐待」として定義されうる。

同様に、動画上における薄井氏の言動は、【1】で説明したように風俗紙記者としての「職務遂行過程」として定義されうる。いっぽう「セクシャル・ハラスメント」「人権侵害」(朝木氏「申出書」)という定義も可能だろう。
ただし、それぞれの定義には、その定義を正当化するだけの合理的な根拠が必要である。動画上の薄井氏の言動が「職務遂行過程」として定義づけられるのは、言動の呼びかけの対象(『マンゾクTV』にアクセスする人)や内容(よりよいサービスの獲得法の教授、風俗施設の利用法の伝達など)が、風俗紙記者の職務(顧客をして風俗施設に来させること)を遂行するに足るものであると判断できるからである。
いっぽう、同言動を「セクシャル・ハラスメント」「人権侵害」と定義づけるに足る合理的な根拠はというと、それが「申出書」に見いだし得なかったのは【1】で検討したとおりである。

根拠がないにもかかわらず、Aとしても定義できるものをBとだけ定義して断罪することの暴力性は、たとえば、「職務遂行過程」として定義が可能な、動物を殺して食品として市場に流通させる行為を、「ケガれた行為」とか「残虐行為」と定義して断罪する場合に、よりはっきり自覚されるだろう。「職務遂行過程」と捉えられうる言動が「セクシャル・ハラスメント」「人権侵害」と一方的に定義づけられ、断罪されることも同じことである。このような定義の暴力がある特定の職業にたいしてふるわれる時、私たちはそこで「職業差別」が行われていると告発しなければならない。

【3】朝木・矢野両氏による薄井氏の「経歴隠匿」「経歴詐称」疑惑は妥当性があるのか

「批判」において、朝木・矢野の両氏は次のように述べる。

「村山市内の有権者は薄井さんの経歴は「毎日新聞社記者などを経て、前職は出版社社員」という理解をし、決して「性風俗紙記者」とは考えなかったのではないですか?「経歴隠匿」「経歴詐称」は重大問題です」(批判)

薄井氏が『選挙広報』の経歴に「出版社社員」と書いて「風俗紙記者」と書かなかったことを「経歴隠匿」「経歴詐称」と、朝木・矢野両氏は呼んでいるわけだが、薄井氏の経歴表示のあり方がほんとうに「経歴隠匿」「経歴詐称」になるのかというと、その主張は妥当性を欠くと考える。

先に「経歴詐称」のほうを検討する。選挙における「経歴詐称」の事実の存否を主たる争点として争われた裁判に、1990年代はじめに名古屋であった「公職選挙法違反被告事件」がある。ある参議院議員が、選出される選挙において、その事実がないのに選挙時に経歴書に明治大学に入退学した旨を表示をしたり、その事実がないのに中学の時に公費でスイスにボランティア留学をしたと講演会で話したというものである(名古屋地方裁判所 平成5年12月24日判決、名古屋高等裁判所 平成6年4月24日判決、最高裁判所第2小法廷 平成6年7月18日判決。事件名はいずれも公職選挙法違反被告事件)。裁判では学歴や留学歴は「虚偽」とされ、議員は公職選挙法235条「虚偽事項の公表罪」を根拠に敗訴した。
判決文からは、「経歴詐称」として名指されることがらは、明大に入退学していないのにしたことにしたり、留学をしていないのにしたことにするなど、「していないこと」をあたかも「した」かのように公表することであることが読みとれる。
その段でいくと、『選挙広報』に示された薄井氏の経歴「出版社社員」は「経歴詐称」には当たらない。毎日新聞社勤務ののちに薄井氏が勤めた「内外タイムス社」「クリエイターズカンパニーコネクション社」はいずれも出版事業を行っている。二社を「出版社」と表示することに虚偽性は見出せないだろう。そして、その「出版社」に勤務した事実はあるわけだから、『選挙広報』には「した」ことを「した」まま書いているわけで、そのことにも虚偽性は見出せない。

もうひとつ、「経歴隠匿」のほうだが、経歴隠匿とは「経歴を隠すこと」である。
選挙における「経歴隠匿」にかんしていちばん関連がありそうなのが、上記の名古屋裁判の根拠となった、公職選挙法235条1項である。「当選を得又は得させる目的をもつて公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者の身分、職業若しくは経歴〔中略〕に関し虚偽の事項を公にした者」が罰則の対象になることを規程している。だが、経歴等をここまで詳細に書かないと「虚偽」になりますよ、といった基準は公職選挙法には書きこまれていない。判例法によって示されているかと思い、判例を手当たりしだい探してみたが、答えは得られなかった(あればぜひ教えてほしい)。
「していないこと」をあたかも「した」かのように公表することが「経歴詐称」という「虚偽事項の公表」となることは名古屋事件の判例で理解できた。だが、「した」ことの「詳細を示さなかったこと」(この件でいえば、「出版社」でどのような内容の出版活動に従事していたのかを示さなかったこと)が法的に問題になるとは、現時点ではいえないわけである。
法的に問題がなくても社会的にはどうよ、という意見もあるだろう。「出版社」の事業内容を詳細に提示しなかったことは有権者の便宜を損なったのではないかと。しかし、薄井が経歴に示した「出版社」の詳細が知りたい者は、氏の選挙対策事務所に問い合わせることができたのだし、もしも、そこで納得のいく答えが得られなければ、薄井氏に投票しなくて済む自由もあった。したがって、薄井氏が「出版社社員」と書いて「風俗紙記者」と書かなかったことが、有権者の利益を損なっているとはいえないだろう。にもかかわらず、経歴の表記を、さも有権者を欺く「経歴隠匿」であるかのように表象するのは、妥当性を欠くといわねばならない。

※ 本稿脱稿後、薄井氏応援サイトに、東村山市選挙管理委員会に問い合わせて、薄井氏の経歴表示の仕方に違法性があるかどうかを確認した方の投稿がありました。http://www.ganbareusui.com/ の左横の「掲示板」から「反論が始まりました」>「関連資料:東村山市選挙管理委員会への電話での問い合わせ結果」をご覧ください。

ついでに、「どうして〔中略〕薄井さんは「前職は出版社社員」としたのでしょうか?」という朝木・矢野両氏「批判」における疑問にたいして、私の見解を述べておこう。

この疑問にたいする正確な回答は薄井氏ご本人にたずねて得るよりほかはない。しかし、私には誰かさんと違って想像力があるから、想像してみるに、朝木・矢野両氏のような偏見に満ちた人物によって不当に貶められることから身を護りたかったのだと考える(見当ちがいだったらすいません>薄井さん)。
在日外国人にたいする蔑視が蔓延するこの社会で、当事者が出自を明かさないことを誰も批判できまい。「部落」差別がなくならないこの社会で、「部落」出身者が出身地の詳細を明かさないことも批判できまい。それと同様、セックスワーカーや彼女/彼らの顧客にたいする蔑視が蔓延するこの社会で、薄井氏が風俗関連の仕事をしていたことを、積極的に明かさなかったことは批判されえない(もっとも、ある時点まで自らのサイトから『マンゾクTV』にリンクを貼っていたというのだから、かなりの開示度だとは思うが)。

問われるべきは在日外国人や「部落」出身者や薄井氏ではなく、「彼ら」にたいする「我々」の偏見である。「彼ら」に「どうして明かさないの?」などと問う前に、「彼ら」が明かせないとしたらそれはなぜなのか、「彼ら」をして明かせなくしているのは誰なのかを自問すべきである。
鬼の首とったかのように「どうして明かさないんでしょうねェ?」なんてニヤついている暇があったら、「詳細」を明かせない人を明かせなくしている構造に自らが加担していないかどうかを厳しく精査せよ、と朝木・矢野の両氏にはお伝えしたい。
まぁ、言ってもしないだろうけど。

【4】東村山市だけの問題ではない

最後にひとつ。朝木・矢野両氏は「批判」において「地域で生活者として東村山市に住む立場からの発言でないと意味がないのですよ」と、間髪おかず真顔で「なんで?」と返すしかないようなコトバを発している。
多くの論争では、しばしばこの種の「敵の発言の貶価」言説が観察される。「どうせ女の言うことだから」「どうせウヨク/サヨクの言うことだから」等々、発言の内容ではなく発言者の属性にからめて、発言の価値を貶める言説である。経験的にいって、理論的反論ができない者が窮した時に用いる言説戦略である。この言説が出てきたら、先方は白旗を挙げているも同然とみてよい。

ともあれ、読者のみなさんにはすでに承知のことと思うが、①今回の件は東村山市だけの問題ではない、ということと、②今回の件は風俗関連業に従事するの人だけの問題ではない、ということを、もう一度確認していただきたい。

朝木・矢野両氏の所業が徹底的に批判されなければ、似たような事件はあちこちの市町村で起こるだろう。すこしでも風俗にかかわった経歴を持つ議員は辞職を強いられ、日本の議場から一掃されるかもしれない。風俗産業にかかわったことのある人のみならず、このままいくと、性的表現を含むマンガ同人誌や小説を発表したことのある人も、性にかんする研究をしたことのある人も攻撃対象になるかもしれない。もっとひどくなると作品や研究成果を所有しているだけで、ってことにもなりかねない。議場で起こることは一般社会にも流出していくだろう。そして、性的なもの、エロチックなものは、ますます指弾される。

こんな未来を、私たちは望まない。
だから今、東村山に向かって叫ぶのだ。
「職業差別を許しません!」と。

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