« 三橋順子『女装と日本人』をヨム | トップページ | 中村さん&三橋さんの講演会 2/21横浜 »

中村美亜『クィア・セクソロジー 性の思いこみを解きほぐす』をヨム

41zxssumhul ■ クィア・セクソロジー 性の思いこみを解きほぐす

中村 美亜著

定価 本体1800円+税

新書判206頁

2008年10月刊

インパクト出版会

ISBN 4755401917

『クィア・セクソロジー 性の思いこみを解きほぐす』は、「異性愛と同性愛はすっぱり区別できる」とか「人間には男と女しかいない」といった性についての思いこみを、セクソロジーの立場から「ほんとにそうなの?」と問いかけるエッセイ集。

静かながら毅然としたその問いかけは、凡人にはあまりに厳しすぎて、目をそらし、逃れようとする人もいるかもしれません。が、それは無駄な抵抗というもの。

というのも、その問いかけが、圧倒的な経験値の高さ――美亜さんは試行錯誤をしながらいまのジェンダーを手に入れた。本文参照――と圧倒的な知識量――ゴージャスな文献リスト参照――にもとづいたものだからです。

圧倒的な存在を前にすると、凡人は足がすくむ。逃げようったって、そうはいきません。

たとえば「わたしは『ふつうの異性愛者』だが、どれどれ、カワイソウな性的マイノリティの皆さんについていっちょ勉強しましょう」と本を手にした凡人サンがいるとします。

すると、「人間の性的指向は、異性愛、同性愛、両性愛の三つに分けられるものではない」という指摘にぶち当たります(63頁)。

そして、同性と性行動をしたことがなくても、ロマンティックな恋愛感情をいだいたことはないか、あるいは親しみや愛着をいだいたことはないかと、問われます。

過去の実体験ではどうか? そんなファンタジーを持ったことは? いつか体験してみたいという好奇心のレベルではどうか?

たたみかけるような問いかけに思考をめぐらせてみれば、「異性愛者」を自認している人でも、同性にたいしてそれなりの興味を持っていることに気づくはず。

「異性愛者」「同性愛者」「両性愛者」の区分が、きわめてあいまいなものであることに思いいたらざるをえません。

「性の思いこみ」が「解きほぐされる」瞬間です。

凡人でも賢い人なら「あ、クィアって自分のことだったんだ」という結論に至る。

思いこみが「解きほぐされる」ことをこえて「揉みしだかれる」瞬間とでもいいますか。

大学の講義で同性愛者の当事者言説を紹介すると、必ず出てくる「寛容」な感想があります。「僕/私は異性愛者だけど、友だちが同性愛者だとカミングアウトしたら、受け入れたい」というヤツです。

排除するよりはずっとましな反応です。

が、「自分はまともな異性愛者ですが」というところからは抜けきれていない。

このことはしばしば「同性愛者」をいらだたせ、困惑させます(※)。

「まとも」って何よ、「異性愛者」って何よ。

そんなふうに一発くらわせてくれるのが、圧倒的な美亜さんによる圧倒的な問いかけです(ちなみに、ご本人はいたっておだやかな方です)。

ついでながら、講義での実践例や学生の反応が豊富に紹介されていて、ジェンダー論やセクシュアリティ論を担当する教員には tips 集としても役だつことも付け加えておきます。

※ 最近書かれたものとして、バイセクシュアルの学生による、ゲイやレズビアンをとりあげたNHK『ハートをつなごう』にたいする感想があります。とても率直に書かれているうえに、受講生と同年代の意見なので大学の授業で紹介しました。国際基督教大学ジェンダー研究センター『ニューズレター』10号、2008年9月参照)。

|

« 三橋順子『女装と日本人』をヨム | トップページ | 中村さん&三橋さんの講演会 2/21横浜 »

何らかの感想文」カテゴリの記事