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矢野・兵動ライブ『漫才病――矢野さんおおいに歌う』6/26ルミネ

昨日、ルミネ the よしもとであった、矢野・兵動の20周年記念ライブ『漫才病――矢野さんおおいに歌う!』に行ってきました。

いやー、素晴らしかった!
兵動さんのピンライブ含めて彼らの舞台を30回近く見てますが、一度としてハズしたことはありません
(笑いすぎてアゴがハズれかけたことはありますが)。
絶対確実に高品質の笑いを提供してくれます。

身近なネタ(たいてい兵動さんが日常生活で遭遇した珍事件)をフリートーク形式でお送りする「フリースタイル漫才」が彼らのウリです。

いかにも「話芸でっせ!」みたいな気負いはまったくありません。が、確実に「芸」を感じさせてくれる。
芸人としてはめずらしい人たちだと思います。

そして、話のはしばしに、人柄のあったかさがハンパなく出てます。
だからか知りませんが、ライブに行くたび、「他のお客さんと仲良くなれそう」な空気があるのを感じます。
先生が教室の雰囲気を作るみたいなもんですかね。

今回はとくに20周年記念ということで、NSC時代のネタの再演や、兵動さんの一人舞台、矢野さんがおおいに歌うステージ、矢野・兵動の軌跡をたどるVTRなど、特別な趣向がこらされていました。

矢野・兵動の20年のうち、14年ほどを私は共有しているので、Vを見ながら、いろいろ思い出してました。

彼らをはじめて見たのが、渋谷公園通り劇場であったワチャチャライブで、1996年のことです。

「笑いすぎてヨダレが出る」という経験を、小学生の時以来、久々にしました。
大笑いするお客さんたちの頭が、強風にあおられる稲穂のようにゆらゆら搖れる風景をはじめて目にしたのも、矢野・兵動の出番においてです。

以来、単独ライブがあると行ってます。
皆勤賞ではないけど、サブサブサブ皆勤賞ぐらいはもらえる頻度で。

1990年代の終わりぐらいだと思いますが、渋谷公園通り劇場がなくなって、単独ライブ会場がシアターDに移った時、お客さんが10人ぐらいしかおらず、愕然としたことがあります。

Vで「不遇の時代」と位置づけられていた頃だと思います。
彼ら自身も認めていることですが、芸はあっても華がなく、テレビの仕事がなかったのです。
場末のスナックで営業するなどしていたそうです。

そんな状態ですから、大阪吉本所属の彼らの東京での知名度は低く、その結果の10人。
でも、5000人の劇場でやってもおかしくない高品質な舞台だったことは言うまでもありません。
マータイさんが流行らせる前から「MOTTAINAI!」と歯がみしていました。

兵動さんの「おしゃべり大好き。」も、うめだ花月で開始したあたりから見に行ってます。
あそこで試されたネタが『人志松本のすべらない話』のMVS受賞トークにつながったのかと思うと、歴史の証人になったようで興奮します。

以上、自慢でした。

今までいろいろな芸人のファンになってきましたが、ここまで長きに渡ってライブに行っているのは矢野・兵動ぐらいかもしれません。

でも、成長を見守ってきたという実感はない。
はじめから、いぶし銀の高値安定の芸風でしたから。

不遇の時代もあったけど、「自分たちには、辞めない才能があった」と兵動さんが言ってました。

「辞めない才能」。いい言葉です。
「続ける才能」ほど気負いがなく、でも、確実に大事な所は押さえているニュアンスが、まさに彼らの芸風にぴったり。



帰り道に思ったのは、東方神起も「辞めない才能」を持ってるかな、ということ。
持ってたら、きっとまた5人でステージに立てるはずです。

そういや、JYJの東京ドームラスト(6月13日)行ってきました。

まー、あんなに悲しい舞台はなかったよね。
数カ月前は5人で歌っていた Rainy Blue を3人で歌う姿は、直視できませんでした。

あんなこともあったよね、と、あとで振り返るためのネタになればいいと思います。

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